広告クリエイティブの第一線で活動後、2019年よりアーティストとして本格始動した手島領。代表作である「BABYBOY」シリーズは、戦争やパンデミックといった現代社会の問題を、赤ちゃん戦士というユニークなキャラクターを通じて描き出します。デジタルとアナログを融合させた鮮やかなネオンカラーの表現は、可愛らしさと怒りを同時に宿し、見る者に「未来を生きる命の尊さ」を問いかけます。
今回のインタビューでは、タグボートでの初個展「BABYBOY-NEO(n) BIRTH-」に込めた思いや、創作の背景、そして今後の展望についてお話を伺いました。
手島領 Ryo Teshima
多摩美術大学グラフィックデザイン科卒。
博報堂を経て2005年クリエイティブカンパニー「螢光TOKYO」設立。
翌年デザインオフィス「DESIGN BOY」設立。
広告を中心としたクリエイティブディレクター、アートディレクターを生業としつつ、2019年頃からアート活動を本格スタート。赤ちゃん戦士「BABYBOY」シリーズでは、世界の情勢や出来事をモチーフにカラフルでポップな作品を展開。またビジュアル制作の傍らで音楽ユニット「am8(エーエムエイト)」として楽曲配信やMVを発表するなど、創作ジャンルの分け隔てなく創造する独自のスタイルで活動中。
今回はtagboatで初めての個展ですが、どのようなテーマやコンセプトで展示を構成されましたか?
個展のお話を頂いた時、最初に思ったのは「おぉ…自分の誕生日から始まるんだ」でした。初の個展、BABYBOY、そして自分の誕生日――この3つが自然に重なったとき、テーマの根底は「誕生=Birth」しかない、と思いました。
ところがその矢先、2月の3人展の直前に体調を崩して倒れまして…長期入院してしまいました。(3人展でご一緒する筈だったフルフォードさん、南村さん、そしてタグボートさんにはご迷惑おかけしました)幸いにも今、こうして復活することができましたが、その経験があったからこそ、新しいコンセプトが浮かびました。
それが「Neo Birth」。そして「どうせ蘇ったのなら、光をまといたい」と思い、さらに「Neo(n) Birth」と名付けました。このコンセプトには、BABYBOYの物語の始まりと、自分自身の再生のストーリーを重ねています。(n)には“数”という意味もあり、「何度でも、何回目か分からないくらいに、新しく輝いて再誕する」という願いを込めました。
新作「NEO(n) BIRTH -awake-」
ギャラリー空間全体を物語として体験してもらう構成にされたとのことですが、特に意識した演出や仕掛けはありますか?
BABYBOYはARTである以前にキャラクターとしては無名です。ドラえもんやアンパンマンのような有名キャラクターであれば、その存在自体に蓄積された情報量で自然と興味を引けますが、無名のキャラを単体の作品で見せただけでは正直記憶に残りにくい。だからこそ、展示全体を立体的に体験してもらうように仕立てることで観る側の印象度を強めたいと考えました。
この展示を見終わった後に「なんか可愛くて面白いものを体験したなぁ」とポジティブに“錯覚”してもらえるようにエンタメしようと考えました。さらに自分のレトロアニメ嗜好から、今回の展示全体をひとつのアニメ作品を体験したように感じてもらえたらとテレビシリーズのオープニングやエンディング風の曲やムービーの制作、会場で流す音楽のプレイリストを用意したり、関連グッズを作ったりするのも、まるでBABYBOYという人気コンテンツが既に存在するかのような“錯覚”への仕掛けなのです。
8月に開催された上海AAEF art centerで行われた「アニメと現代アートの関係性について」展の様子
個展の3つのセクションの構成についてそれぞれ教えてください。
「Neo(n) Birth」が大きなコンセプトですがセクションごとのテーマを設定しました。
1つ目に「沈黙と誕生」。破壊や殺戮の世界の中でも生命は誕生し戦いながらも生きることを始める…といったイメージです。
2つ目に「旅と感情」。生きることは時間の旅をするようなもの。その中で出会う仲間と共に逞しく生きて行こうといった希望のようなイメージ。
そして3つ目に「再誕の予感」。戦いの中で傷ついたり命を落とす事もある。そしてまた新たに誕生する世界線、何度目のNeo(n) Birthなのか不明だけれど、それでも生命は繰り返し生きていく、といった生命の反復性を意識して制作しました。
新作「Devine Revelation (Yellow ver.)
BABYBOYのTシャツ。個展に合わせて新デザインも発売される。
BABYBOYの他にBABYGIRLなどの登場するキャラクターについて、作品内での役割や関係性を教えてください。
はじめはシンボリックに一人のキャラクターとしてBABYBOYを描いてきたんですが、戦いを続ける上で一人ではなく「バディは必要」と考えました。
ボーイミーツガール的、アダムとイヴ的でもありますがBABYGIRLは必然的に登場すべき相棒だったように思います。直情的なボーイに対し、冷静なガールが道を指し示す…大人同士でもよくある関係式を赤ちゃんに取り入れた感じですね。
その他、哺乳瓶のキャラやミサイルのキャラ化という部分は愛すべきモブ役といった感じでユーモラスに描いています。テーマ性がシビアな事が多いので、脇は漫画風、ディズニー風の愛嬌キャラにしています。画面が重くなりすぎないように配慮しています。
バディのBABYGIRL。BABYBOYを支えてくれる女の子キャラクター。
白ハトや哺乳瓶もキャラクタライズしている。新作「Why Fight?」
「命の脆さ」と「命が続いていく意味」というテーマが作品にどのように表現されていますか?
こうして自分が制作を続ける行為自体が「命の脆さ、続く意味」を体現してる、と自覚しながら一点一点、気持ちを込めて描きました。
これまで断片的に発表してきた作品たちが、この個展で初めて一堂に披露出来るので、ある種伏線回収するような気分で作品の流れを考えました。世界情勢に憤り悲しむ作品だけでなく、今回は自分の経験も活かして命が続く/繰り返し再誕するようなポジティブな作品もあります。その命の輝きが、まるでネオンの様に明るく照らす様な、BABYBOYシリーズに通底する感覚というのはそんな生命のサイン、シグナルの様なものなのかな、と思っています。
デジタルとアナログを組み合わせた制作手法について、今回の作品ではどのように活かしていますか?
今回は手術後ということもあり、Apple VISION PROは使用していません。
デジタル/アナログの話とは逸れますが、ベースの素材や手法でチャレンジをしています。OSB合板といって、梱包する時に使う木片を組み合わせた素材でこれに凄くピンときまして。ボクの作品ではアクリルだったりグロスでツヤツヤのインクを多用しており全体にフラット。だからなのかこの真逆のザラザラしたこの合板の複雑さには何か引き込まれるものがある…木片がランダムに組み合わさる様子がもの凄く混沌とした世界を現しているように感じたんです。プリントディレクターの方に「ここに印刷は出来ますか?」と聞いたところ「やったことは無いけれどできると思います」という事だったのでテストプリントしてみたらこれがまた面白くて!という事で何点か作品として今回、飾らせてもらっています。
あとアニメーションムービーも作ったのですが、そこでも1枚1枚コツコツ描いたカットがあったので、そちらのコマを抜き出して画面に配置し、それだけだと画素が合わないのでアート用に描き直ししたり…この個展のためにそんな実験をチマチマとやっています(苦笑)
これがOSB合板。木片がランダムに組み合わさっている。
映像や音も交えたインスタレーションに挑戦した意図や狙いはありますか?
ボクは「インスタレーション作品をつくろう」と意識してやっているわけではありません。実のところ、インスタレーションというものが自分でもまだよく分からない(汗)。ただBABYBOYの世界観を表現していく上で、最終的に目指しているゴールイメージはARTを通じながら“アニメーション作品”として結実させること。これは大きな妄想かもしれませんが、その姿を思い描くと、必然的に音や映像の要素が必要になってきます。
かつて手塚治虫先生は「漫画の神様」と呼ばれながら、アニメーションの事業では苦労されたと聞きます。でも、もし先生が今の時代の機材やメディアを使ってアニメをつくったとしたら、いったいどんな作品が生まれていたのだろう――そんなことをよく妄想するのです。ボクがやりたいのは、テーマは壮大で少し重いけれど絵柄はあくまで可愛く、どこか大らかで優しい。そんなアニメーションを形にすることです。ジブリのような世界観や、鬼滅の刃のような現代的ヒット作品はすでに数多く存在します。
でもボクは、もっと原点に近い“レトロアニメのタッチ”を最新のデジタル技術で蘇らせたい。そこに強い興味と挑戦心を抱いています。音楽に関しても自分のとって欠かせない要素です。作家の皆さんも創作中は音楽を聴いている方も多いかと思います。ボクの場合は音楽を作ったりセレクターをやったりする事も多いので、アニメを作るとなれば主題歌的なものを作るなど、創作上アート、アニメ、音楽と異なるフィールドを繋げていくような感覚で組み立てていきました。「この頃の〇〇は良かったよねぇ」と懐かしむだけのカルチャーではなく、「あの時代のエッセンスを、今の感覚で新しく生み出す」カルチャーを生み出したい。自分自身もう良い歳ですが、ボクはBABYBOYシリーズを通じて、その可能性を追いかけていきたいと思っています。
架空のTVアニメ「BABYBOY」のOPムービー。曲もsynthesizer V(ボーカロイドの一種)を使って作っている。
不定期でMUSICBARのセレクターなど行っている。
今年2月の入院や個人的な体験が作品や個展にどのように影響しましたか?
BABYBOYは元々「厄災や悲しみと戦う赤ちゃん」という設定ですが、今回自分自身が倒れた経験と重ね合わせると、BABYBOYはまるで自分の姿でもあるように思えたんです。アイコンであるBABYBOYが凄く自分事になった、「死」というものが近い存在になった、という事ですね。
戦争で、病気で、事故で…命って本当に簡単に壊れてしまう。でもまた繰り返し生き直す/生まれ変わることもある。生活の中の時間軸的な概念が少し変わったように思えて、無常さの中にも普遍性みたいなもの?も感じるようになりました。
そうした実感が「NEO(n) BIRTH」というコンセプトにつながっています。繰り返し新たに生まれ直す、そのイメージは単なる悲しみではなく、悲しみを飛び越えた先にあるタイムリープや輪廻のような拡がりをもった感覚でしょうか。として意識するようになりました。悲しみの対象が世界情勢から、今回は特に自分事として感じたイメージが重なってきたな、という感覚が生まれたのかもしれません。
アニメーションのコマをアレンジした新作「Multiplies」
世界の情勢や出来事を作品に反映することに、どのような葛藤や想いがありますか?
アートでも音楽でも作品をつくるとき、自分自身の体験や身近な出来事をモチーフにされる方が多いですよね?その方が観る側に共感されやすいからかと思いますが、それってとても島国日本的だな、と思います。世界にはもっと大きくて深刻な悲劇が数えきれないほど起きている。ところが日本では、民族や社会問題のような大きなテーマを扱うと、どうしても敬遠されがちなムードがある気がします。たとえば、日本の安全で安定した暮らしの中にいながら民族紛争や戦争をテーマにすることは本当に良いのか?偽善じゃないのか?――そんな迷いもあります。
戦争は簡単に解決できる問題ではないし、片方の立場だけを取り上げても描ききれるものではありません。それでも日本人のボクがテーマにするのは、戦争で命を落とす赤ちゃんや子どもたちのことを考えると、純粋に胸が締めつけられるからです。大人の事情で始まった争いに巻き込まれ、最も簡単に未来を奪われてしまう。その悲しさ、無念さ、そして憤りは、言葉にならないほど強く感じます。ボクが作品で大切にしているのは、「これから生まれてくる子どもたち」「今を生きる子どもたち」の未来を、大人たちに少しでも足を止めて考えてもらうことです。世界各地で争いが続き、地球そのものも厳しい状況にある中で、この世に生まれ出た子どもたちは本当に生き抜いていけるのか――そんな問いを抱きながら、作品を通じて彼らが力強く生きていってほしい、そう願っています。
表面的にはアニメ的でポップ、カラフルな作品として楽しんでもらえるのも嬉しいですが、その奥には重たいテーマや複雑な感情を込めています。自分にとって大切なのは、表面的な可愛さだけでなく、そうした「深い視点」を作品の中に持つこと。この気持ちからは今後もブレずに創っていきたいと思います。
新作「SQUAD for Peace」さまざまなBABYBOY達が集結する、世界観の設定を始めて定義した。
個展を節目に今後挑戦したいことや展望はありますか?
大病を経験した自分にとって、こうして個展が開けていること自体が奇跡のように思えます。場合によっては、すべてが途中で終わっていたかもしれない――そう考えると、今ここに立てているのは「まだやるべきことがあるから、生かされているんだ」という実感につながっています。
具体的な活動としては、少しずつ手描きの作品を試し始めています。デジタル作品とはまた違った距離感や温度を持つ表現で、新たなシリーズとして拡げていきたいと思っています。以前から考えていたBABYBOYの立体化についても、いよいよ形にしていきたい気持ちが強くなってきています。
BABYBOYは国や文化を越えて共感できるキャラクターだと信じているので、活動の舞台も海外にも拡げていきたいです。世界中にそれぞれのBABYBOYがいて、互いに結束していくようなイメージ。そんなふうに、国籍を超えて愛されるキャラクター、そしてアートへと育てていけたらと思っています。
____そのために「再び生かされたんだ」という意味をよく噛み締めながら。
photo by KAZUTAKA NAKAMURA
10月9日(木)からギャラリーにて個展「BABYBOY-NEO(n) BIRTH-」を開催いたします!
手島領「BABYBOY-NEO(n) BIRTH-」
2025年10月9日(木) ~ 10月28日(火)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日の10月9日(木)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:10月9日(木)18:00-20:00
※10月16日(木)はセミナー開催のため18:00閉場となります。
入場無料・予約不要
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F